沖縄の地形と地層 沖縄の図鑑トップへ
糸満海岸のゾウ化石はシガゾウと同じマンモス系統 同定: 亀井節夫博士, 鹿児島大学 大塚裕之D.r
荒崎の岩陰(カサカンジャー)に数名のひめゆり学徒が隠れた(佐敷町のキバナノヒメユリを表紙にしたといわれる幻のひめゆり詩集〜)
荒崎に津波岩?ドルメン説?http琉球大学 研究室 ? |
石灰岩の崩落 |
沖縄島 最南端 |
象化石発掘 喜屋武岬 |
上部の石灰岩 石灰藻化石は無し |
石灰岩不整合 石灰藻ポール多い |
荒崎海岸に多いカサカンジャー大岩は、石灰岩不整合の上部が波に剥がされたもの。平らな形ですので、ノッチの亀裂崩壊はありえない ,
(カサカンジャー大岩からサーフベンチへ下り、遠くへ行くと、帰り道が探せず危険です。)
喜屋武岬から荒崎の石灰岩を観察すると齋場御嶽(セーファーウタキ、世界遺産に登録された)の疑問も解ける。(石灰岩の不整合の崩落)
深海にはバスケットボールほどの金属水酸化物の塊であるマンガン団塊が大量にあるという
シマジリマージ(島尻真土)は石灰岩からCaが失われたアルカリ土壌で、大陸からの黄砂も関与する。
シマジリマージの下部はマンガンノジュールが多い。
残波岬・リーフの燃える沖縄石(リンの新鉱物「岩石鉱物学会」)には、びっくりした。
石灰岩の中にマンガンノジュールを発見 |
喜屋武岬 港川粟石石灰岩と同年代 |
喜屋武岬 若い石灰岩 (不整合の上) |
若い石灰岩 不整合の上 |
マンガン小団塊 |
喜屋武岬 沖縄島最南端の岬 |
具志頭村新城の軽石
民俗芸能(新城シーヤーマ)の歌に歌われる貴重な場所です。
(椎の山)女子が踊る前に男達が鎌や鍬で道をならす真似をしたといわれる。
昔は子供達が、ドングリ拾いをしたと思われる。農地区画整備事業で、わずかに残されておりますが、野外学習にお勧めします。しかし無くなるのには忍びない?沖縄本島で一番酸性度が強い土壌 (地主が居ります 荒らさないで下さい)
東風平町運動公園
不整合 第三紀 上部 軽石を含む 下部 サンゴ 材化石が有る
レベル約−500M位とおもわれ、貝化石は非常に少ない
サンゴ化石 |
イカ甲化石 |
玉城村垣花のトゥファー (世界では七不思議)
宮城島の(シカ化石)洞窟で小学生が発見したツィンの水鳥(頭部)化石が、知念村上クルク原の仲善 夢可視館にて展示しております。 (マンガンと置き換えのため少し黒い色)トゥファーの関係した化石です。
又ジャワ原人(約70万年前)と同時代の象の牙にも夢可視館で触れることが出来ます。
沖縄南部の太平洋側 (ニライ・カナイ信仰)
近くから大きな金簪を発掘、齋場御嶽(聖地) |
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雑学
糸満漁民は、5つの島ア、イ、*ウ、エ、オの無人島に仮小屋をたてサバニで追い込み漁をしたといわれている。
戦前は 白銀堂や*シビランカなどの神々に守られ南方で財を成した人が多いとか 夫婦には別々の財布があり、アンマー(母)は強くて、夫は魚を買い叩かれると聞いた。
腐敗の早い魚を急ぎ足で那覇まで売りに行くたくましい女性パワー達(いよ〜こ〜んちょろ〜)
*大工の棟梁が船の中央付近や 家の棟上の横柱に祈りをこめ梵字を書く。
*ウ 一里(4km)沖の岡波島(ウカファ)まで一人で歩いて行った事があります。途中まで砂採集のトラック道がありました。幾つかの岩で成り立ちクジラの化石は有名です。伊保島と同じ若い石灰岩だとおもいます。
新里層と知念砂岩層との関係は不整合
サメの歯化石新産地 (研究センターの工事が終り現在は、1本も採集できません )
新生代(国内サメ化石)の種類 カマヒレザメHemipristis..N.s.pセラは熱帯のサメです。
| 沖縄南部 |
「沖縄の自然 ブログ」より
海洋博から見える山は本部富士と言われ中世代の石灰岩です。 時代は三畳紀(約2億3千万年前)からジュラ紀(約1億6千万年前)です。 当時は赤道付近にありましたが北に移動しています(テーチス海のサンゴ礁)。 有名な山里のフズリナ化石は二畳紀にあたります。 チヤンプルーチヤンプルー(メランジュ)オリスト・ストローム地層で複雑です。熱帯や亜熱帯に出来る円錐型をした山で円錐カルストと呼ばれる。世界ではフィリーピン.ボホール島のチョコレートヒル(Bohol Chocolate Hillsが有名です。 山頂には水で溶けたカレンの一種の穴がありよく貝化石と間違えやすい。三畳紀の化石には北海道で出土するような大型のアンモナイトは出ません。 海洋博敷地内にある県指定天然記念物のアンモナイト化石は6cmしかありません 又 ハロビア類(二枚貝)化石は13cmほどです。下の写真は円錐カルストと山頂のカレンです。
アンモナイト化石の産地 本部町
地形と地層
台湾から糸魚川までは、太平洋側が新しい帯状(縦縞模様)の地形と地層です。(台湾は反転する)フィリピン・プレートが関与して海溝が創られた地震地帯でもあります。 山には雨が多くV字谷になる。隆起のため大小の滝が多いのも特徴です。(滝には火山関連もあるが海岸段丘の滝が多い)
古い化石は一方向の圧力で平たくなります。四方からの圧力が加わると化石は消滅します。
溶岩や火山関連の岩は地層といわず地形(地帯)と言う。
(俗に雨の化石と言われているのは丸いのでノジュールではと思いますが、画像だけの判断で現物を見ていないので?)
侵食あるいは堆積したた目に見える土地を地形と表現する。(例 盆地 海岸)
地形図を見なければ判らない大掛かりな地形もある。 (例 扇状地 大陸棚 )
浦添市 小禄砂岩層の最上部
第三紀鮮新世の砂岩の特徴は礫が含まれず、大小のノジュール(ニービヌフニ)が多い。 大きな化石も発見されていません。(那覇市小禄一帯 西原町 北中城村 北谷町)にありその下には、厚い礫層を野原氏が那覇市内のボーリングコアで確認しています。 露頭での礫層は未発見です
二次堆積の第四紀砂岩は、腕足貝(示準化石)で区別できます。(糸満市 具志頭村 元与那城町)
雑学
沖縄中南部にある鮮新世のノジュール(ニービヌフニ)は工芸 石材に用いられる。それを用いた作品がいにしえの首里城一帯に在ります。これらの埋もれた石の観察を私は薦めます。
中城村千原(琉球大学の東)の地層 東に傾斜(東の中城湾は低かった)
離島の石灰岩で観察されるポットホールは椰子林の痕(生痕化石)ではなく、水と小石の侵食作用です。
北山城(今帰仁グスク)への旧アスファルト道に約50万年前の琉球石灰岩がありました。そこのフィシャー(割れ目)からシカ化石を多和田氏が採集しています。
現在は道の拡張工事で有りません。名護市安和(第四紀の琉球石灰岩フィシャー)のシカ化石 ・オオヤマリクガメ(ムツアシガメ科)化石と同時代です。「海抜約20mの地点」
読谷石灰岩の下には、礫層や名護層系の酸性の石がある(読谷村 象のオリ付近に名護層が有る)。ヤンバルと言われる由縁です「比謝川が境」。
2005.7.第四紀礫層のかけ崩れ↓
| 野外巡検にお勧めの場所 「第四紀中期」 座喜味城の下 |
残波岬には 石灰藻化石(球形)が多い 真栄田岬 万座毛の石灰岩と同時代です。
海底洞窟も発見されていますが強い水の吸い込みがあり、ダイバーの危険な場所と言われる。
沖縄本島の第四紀石灰岩の主流をなす(読谷石灰岩)。
岬は侵食作用で削られています 又、台風前後の数日はとてつもない高波が現れたりする。
岬の次には砂浜があります。
シカ化石の現場 |
リーフと砂浜は一心同体です。
台風や津波の時にリーフは砂浜をまもり、砂浜は波や満潮の度に水を浄化する。
「自然の砂丘はやわらかいのであるきづらいが、小動物は豊富に棲む」
砂浜の次には崎や岬があります。砂浜は堆積作用で溜まったものです。外国のゴミもたまりますので・・・?
砂丘の勾配が大きい所は波風が強くキヤンプに適していません『大波の打ち寄せる海岸は勾配がきつい』
地価評価の高い海岸は埋め立てや人工ビーチが多い。
雑学 十二支の子(ニィ)は北を意味する。ニィヌファブシ(北極星)沖縄島の真北は韓国です。500年前に
は交流があるそうです。アメリカ原産のトウガラシなどは沖縄経由かとおもわれます。
生痕の化石 |
嘉陽層 褶曲の変形 名護市大浦湾 上下関係が不明な千枚岩 太平洋プレートの影響が大きい レベル約−4000mの海底
嘉陽層褶曲 |
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沖縄北部には小さい滝が多い 火山岩 |
世界中の気温が高く大型哺乳類の時代
名護市東海岸の嘉陽層は、深海化石が見つかる(貨幣石等) その頃の八重山は陸?(西表の石炭・汽水域のビカリア?等が見つかる)世界では滅びた巨獣の時代でマンモスやキリンより大きい哺乳類がいた。
約150万年前 新里層の最上部 知念村 久手堅 ↓
| 大事な地層なので兼子尚知氏を案内しました | ||||
不整合の時代琉球列島に動物が来た 約150万年前新里層最上部と知念層最下部の接点面に基底礫を確認した。不整合久手堅凝灰岩@Aを海底地すべりBが襲った。此処からの化石は化石集でご覧下さい
うるま市宮城島 ↓
不整合 琉球石灰岩最下部の礫層 (シカ化石出土の楚南山城と同時代) 元具志川市内 ↓
名護市屋部 シカ、オオヤマリクガメ化石の産地 (推定3〜10万年前)
恩納村 仲泊
D |
E |
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| D〜I は石灰岩の加工です |
「風水」 (トイレは北側に在る)城壁に残るの穴は、下に塵や汚水を捨てる為では?(豪雨時の排水溝)
琉球石灰岩は台湾の小島(小琉球)が模式地です。
琉球石灰岩は決定的な時代測定がないのでこまりものです。
琉球石灰岩の最下部は赤色石灰岩で 又、タカラガイ化石の種類が多く浅い海と思う。
赤色石灰岩は那覇石灰岩の基底礫
赤色石灰岩 基底礫 B |
サメの採集 赤色石灰岩下部 C |
化石産地 長毛ながもー港川遺跡 |
伊波のシカ産地 |
| ギーザバンタ糸満市 |
| ギーザバンタ |
摩文仁の丘の地形は東に傾斜し、西側が高い。
知念砂岩の一部は石灰岩ですが、深い海で約−100mかと思います。(赤色石灰岩と知念砂岩は知念砂岩が古い)
琉球石灰岩と同時代の礫層 福地ダム上流の大橋付近に礫層がある。イノガマの石灰岩(陸上の洞窟を確認)の下部と思われる。イノガマの海底には鍾乳石も有るという。(東村イノガマの由来では?)
北極や南極圏では絶対見られない潮 (干満の差)