宮古島   MIYAKO IS

    Maja

大神島 ペクテン 大神島カキ化石 大神島 深海の貝 約170万年〜200万年前 トカゲ

下 大型トカゲの足

下トカゲ上カエル歯化石 指と尾の化石ケナガネズミ化石 ヤンバルクイナに似る

ハコガメ類 セマルハコガメとは別種

ヘビ脊椎骨とシカ化石 ヘビとシカ化石
3〜20万年前ハブ化石 ミヤコノロジカ ミヤコノロジカ頭部 左はツノ。 中上は耳石(大型種) 小型ヘビ化石 尾の骨化石サキシママダラ?
右の2個 トカゲ尾の骨化石 下から2番アマガエルの骨盤  下はカエルの足 カエルの骨盤種の決め手になる 琉球石灰岩の時代 トラバーチンの貝

更新世中期 約70万年前

   *オスのカエルの腕の骨の形は種によって異なる。 子孫を残すためでメスとも形が違います。

 島尻海岸の沖に大神島があります。島の頂上には約70万年前の琉球石灰岩があり、島の周りでも琉球石灰岩は確認できます。
新第三紀に見える地層が主です。宮古島と地形や地層がよくにていますが、宮古本島からの二次堆積(第四紀初期)なので細かい礫があります。
又サメ化石H17.1(発見者京大中川良平君)や有孔虫や貝は海を示しております。
 植物化石も出土しますが、漂流植物では陸の証明にはなりません(深海の新里層レベル約−200Mには、植物化石の層があるのです)
 大神島の礫は小さいので新第三紀に宮古に陸が存在した可能性はありません。「5cm以上の礫層もあるのでしょうか?」

[宮古島で第三紀の石灰岩は見つかっておりません]
 新第三紀の地層(ジャーガル土)のみの島(陸)などありえません。
隆起エネルギーより、侵食が大きければ、たとえ年間20cm隆起しても、台風や雨風の侵食で海抜ゼロになるとおもいます。
サンゴ石灰岩がなければ(海中も含めて)、今の宮古島は、ひとたまりもありません。
宮古島北の幻の大陸を私は信じませんが旧3月3日前後や冬の大潮の夜中に何度も現れる八重千瀬(やえせ)は信じます。
 鮮新世地層の宮古島に、淡水湖等はありえない。道端から拾った化石で云々し、レブリカを市民に見せる仕組を私には懐疑的に思える。

 宮古島が第三紀中期から今日の間に大陸と陸続きになったことはないと思う。
象やオオスッポン化石は、漂流物と思う。 又道端から拾ったと言う島尻の物は民俗芸能 と共に人が伝えた可能性もありうる。
( 硬い石がない宮古島では大切にしたと考える )シャコガイ製品の斧が用いられた時代の産物か、あるいは中国又はインドネシア帰りの持ち込みかも?

「沖縄本島の南部と宮古島に挟まれた八重千瀬(やえせ)の地下はジャーガル土と思う」

  雑学「世界一の石炭埋蔵量は中国の奥地にあるという 年代古生代石炭紀」  1tは5000円で輸入とか?
 第四紀の氷河期には大陸棚の一部は陸になるといわれる。氷河期の終わりに氷が解けると大森林は水没します。
黄河と揚子江の洪水で動物達は、大木に乗り琉球列島に渡ったと私は思う。 宮古島を大陸の一部にするより筋が通ると思う。
最近種子島で発見されたイシカワガエル化石や八重山石城山の北方カエル化石の疑問 沖縄の人化石渡来もいっきに解決します。
 *トカラ海峡(渡瀬線)の北に種子島がある。
大陸だったといわれるフィリピンインドネシナの水没では、黒潮に乗った動植物が日本まで来たとおもう。
人類はオーストラリア大陸や港川にも海を越えてやってきた。

化石イノシシの大きさは、今のニホンイノシシと同程度です。
フィリビンイノシシ(3種類)とは牙が違う。(中国大陸のタイプ ヤンD.r)
  遺伝子の比較で、セブイノシシは新種(名古屋大学 小澤D.r)  

旧与那城町照間の海岸からイノシシ化石が出土します。古いタイプのイノシシで、リュウキュウイノシシとは無縁と思われる。
化石のリュウキュウイノシシは、島小化(矮小化)が進んでいないので、ウルム氷河末期に海を越え与那国や沖縄本島に来たと思う。

 リュウキュウジカの島小化(矮小化)写真 「沖縄本島の化石」

 伊江島産鹿化石は小さく奇形角が多いのはリュウキュウジカの矮小化が原因
キシャバキョンは先祖返りしたリュウキュウキョンかと思う。糸満市国吉が主な産地

宮古島からは、古いタイプのシカ化石は出土しない。発見しても象化石と同じ漂流物と思います。

                                Kiich Maja